周囲に何もない広大な土地で、建物を解体できれば悩みはありませんが、建物の周りには他にも建物があり、そして居住する人たちがいます。
そのため、解体工事では近隣からの騒音・振動の苦情がつきものなのです。
そこで、この記事では解体工事の現場でよく発生する騒音・振動に対する苦情とその対策を解説します。
目次
解体工事の騒音・振動に対する苦情の難しさ
解体工事によるトラブルのうち、もっとも発生する確率が高く、対応に悩まされるのはこの「騒音・振動」問題でしょう。
現在の日本の建設技術をもってしても、建物を取り壊す際に一定レベルの騒音や振動、ホコリの発生は避けられないのが現実です。
また、騒音・振動の苦情主は近隣の居住者ですので、「仕方ない」「解体工事とはそういうもの」では済まされないため、対応が難しいのも特徴です。
騒音・振動の基準値
そもそも、どの程度の騒音・振動までなら許されるのでしょうか。
騒音・振動の規制について、それぞれ
- 騒音規制法
- 振動規制法
という法律があります。
これらの法律は、建設工事等にともなって発生する騒音を規制し、国民の生活環境を守るという目的で制定されています。
騒音規制法第1条
この法律は、工場及び事業場における事業活動並びに建設工事に伴って発生する相当範囲にわたる騒音について必要な規制を行なうとともに、自動車騒音に係る許容限度を定めること等により、生活環境を保全し、国民の健康の保護に資することを目的とする。
ただし、騒音規制法、振動規制法には、どの程度の騒音・振動まで許容されるか具体的な内容は書かれておらず、「環境大臣の定める基準」によるとされています。
これを受けて環境省が定める基準では
- 騒音の上限は85db(デシベル)
- 振動の上限は75db(デシベル)
とされています。
また、地域によって条例で騒音の基準値を定めている場合もありますが、各法令で定める基準値にそれほど大きな違いはありません。
ところで、db(デシベル)とは音量や振動の大きさをあらわす単位ですが、「85db」や「75db」という数値だけでは、どの程度の騒音なのかイメージできないでしょう。
80dbの具体例を挙げると、地下鉄や電車の車内、ピアノの正面(1m)の音量が挙げられます。また、90dbの具体例としては、騒々しい工場の中や犬の鳴き声(5m)が挙げられます。
環境省で定める85dbの騒音はちょうどこれらの中間になりますが、人によっては、「うるさい」と感じるレベルだと考えられます。
基準値を超えたらどうなるか
次に、これらの基準値を超える騒音が発生した場合にどうなるかについて解説しましょう。
騒音規制法には、基準を超える騒音を発生させた場合の罰則が記載されています。
しかし、解体工事は大型の重機を使って作業をしますので、廃材を置いたり、重機が出力を上げたりしたときには、瞬間的に基準値を超える騒音や振動が発生することも避けられません。
なので、作業中に一瞬でも基準値を超える騒音や振動が生じたら、ただちに違法なだと判断するのは厳しすぎるでしょう。
受忍限度とは
過去に騒音問題について争われた裁判例で、裁判所は「受忍限度」という視点で判断しています。
受忍限度とは、「人が一般的な社会生活を送るうえで我慢できる限度を超えているかどうか」という判断基準です。
具体的に「何dbまで」という基準ではないので、抽象的ともいえますが、裁判所は社会生活を送るうえで我慢できるか否かを重要視しているのです。
解体工事は、通常、日中に作業が行われます。しかも、一般的な戸建て住宅ならわずか数日の作業で終了します。
そう考えると、たとえ解体工事中に基準値を超える騒音が瞬間的に発生しても、それによって「社会生活を送るうえで我慢できない」とまではいえないはずです。
したがって、裁判所の基準に従えば、解体工事の騒音が違法と評価されるようなケースは現実的にはあまりないでしょう。
騒音・振動のおすすめクレーム対策
先ほど説明したとおり、裁判所の考え方に従って判断すれば、違法と評価されるレベルの騒音・振動が発生するケースはあまり考えられません。
とはいえ、近隣からの騒音の苦情を「裁判所の考え方に従えば特に問題ない」と一蹴するわけにもいかないはずです。これが近隣から騒音・振動クレームの頭の痛いところです。
そこで、騒音・振動に関する苦情が発生しないように、次のような対策を考えておきましょう。
解体工事が始まる前に施主からもあいさつしておく
解体工事前のあいさつは、通常、解体工事業者がやってくれます。
また、解体工事の日程や問合せ先などを書いたあいさつ状を解体工事業者が配布してくれる場合もあります。
ただ、解体工事によって近隣に何らかの迷惑をかけるのは事実ですので、解体工事業者の工事前あいさつとは別に施主本人からもあいさつしておくことをおすすめします。
あとあとクレームになったときに「工事業者は来たが、施主本人からの挨拶はなかった」と、本筋ではない理由で揚げ足をとられることもあります。
万一、クレームがあれば早めに事情説明に行く
工事中のクレームも、一般的には解体工事業者が対応してくれます。
ケースバイケースですので、必ずしも施主本人が対応するべきとは限りませんが、解体工事業者に任せるより、施主本人が直接対応した方が収まりがよいケースもあります。
解体工事業者が苦情を受けながら、そのまま放置してしまったために、かえってクレームが拡大することもあります。
解体工事に関する苦情などがあれば、必ず自分に連絡してもらうようにしておきましょう。
解体工事の中断を求められた場合の対処法
結論から先に言いますと、たとえ近隣から解体工事の中断を求められたとしても、原則として中断してはいけません。
なぜなら、一旦、近隣の要求で工事を中断してしまうと、展開上、次に工事を再開するときにも、また近隣の承諾が必要になるからです。
先ほども説明したとおり、違法といえるほどの騒音・振動が生じるケースは少ないので、仮に近隣から「裁判所に解体工事の差し止めを申し立てる」などと主張されても恐れる必要はないのです。
そもそも、工事差し止めの申立を準備している間に、通常の解体工事なら終わってしまいます。
もっとも、近隣との関係が悪化すると、将来的な住み心地にも影響するので、工事中断の要求を一蹴しにくいことも考えられます。
そのような場合には、一定の妥協案を提示して解体工事を続行することが考えられます。
例えば、通常、解体現場は足場を組んでシートで覆っていますが、このシートはホコリなどの飛散を抑えるのが目的で防音性能はありません。
そこで、防音性能の高いシートに代えるなど妥協案を提示して、解体工事に理解を求め、工事を続行するのです。
ただし、一般的な解体工事であれば使わない防音シートを追加でオーダーする訳ですから、解体工事業者から追加費用を請求されても仕方ありません。
その辺りは注意しましょう。
近隣から金銭を要求された場合の対処法
どんな建物でも、いずれは解体する日が来るので、本来、解体工事の騒音は「お互いさま」です。
ところが、近隣との折り合いがよくない場合や付き合いがない場合などは、容赦なく騒音クレームが飛び込んでくることがあります。
中には金銭的な要求をされる場合もありますが、基本的に解体工事によって慰謝料の支払いが必要なほど隣家の生活に影響を及ぼすことは通常は考えられません。
もし、近隣から強硬に金銭の支払いを要求される場合には、弁護士などの専門家に対応策を相談することをおすすめします。
振動によって隣家が損傷した場合
住宅密集地などで解体工事を行う場合、解体作業の廃材が飛来するなどして隣家を損傷させる事故が発生することもあります。
目に見える形で隣家を損傷させた場合は、解体工事と建物の損傷の因果関係が分かりやすいので、双方が納得できますが、必ずしも目に見える形で被害が発生するとは限らないため、対応が難しい場合があります。
それが、解体作業の「振動」による影響です。
もともと隣家が古い建物だった場合、果たして解体工事の影響なのか、もともと傷んでいたのか、外部から一見しても判別がつかないケースもあります。
また、一般的な建物なら影響が出ない程度の振動だったのに、たまたま隣家が古い建物であったために影響が生じた場合まで、解体工事の責任にされるのも不合理です。
そのため、解体工事業者としても本当の工事が原因であるか確定できないため、補修をめぐって紛争が大きくなることがあります。
解体工事の影響との関連をどうやって見極めるか
これを正確に見極めるのは困難です。
たとえば、建築の専門家に判断してもらい「解体工事の影響ではない」という結果がでたとしても、隣家が納得しないことも考えられます。
そこで、解体工事によって近隣の建物に影響が出るおそれがある場合には、事前に「家屋調査」をしておくことをおすすめします。
家屋調査とは、要するに解体工事前の建物の状況を記録し、解体工事による影響なのかどうか、後から判別できるようにするための調査です。
なお、家屋調査は、鉄筋コンクリート製の建物(ビルやマンション)などを解体する場合に行われるのが一般的で、一般的な木造住宅の解体の場合には家屋調査は行われないケースが大半です。
ただし、隣家が古い建物である場合などには、念のため家屋調査をしておく方がよい場合もあります。
まとめ
解体工事では、近隣から騒音・振動の苦情を受けることがあります。
騒音・振動は、人によって感じ方が異なるため、あなたが「この程度なら問題ない」と感じる場合であっても、隣人はそう感じていない可能性もあります。
また、隣人が夜勤のある仕事に就いているため、日中の解体作業は困る、という苦情も意外と多いのです。
騒音・振動の問題は、最終的には近隣の居住者に理解してもらうしかないので、日頃から良好な関係を築いておくことが最大の防止策かもしれません。
争いごとになってもお互い消耗してしまうだけですので。